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東京高等裁判所 昭和25年(う)1093号 判決 1950年7月13日

被告人

亘巍

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役五年に処する。

原審に於ける未決勾留日数中二百日を右本刑に算入する。

被告人に対する本件公訴事実中被告人は犯意継続して

(一)  昭和二十二年二月初旬頃川口市飯塚町一丁目百九十七番地山口博方で同人に対し何ら斡旋の確信がないのに「東京築地に鉄板があるから世話をしてやろう」と申欺き同所で即時現金三万円をその内金名下に交付させてこれを騙取し

(二)  同年三月頃同市上青木町五丁目二番地土屋伊之助方で同人長男高明からガソリンドラム罐一本の斡旋方を依頼されてその意思がないのに「知つている処があるからすぐ持つて来てやろう」と申欺いて同人から代金名下に現金一万円の交付を受けてこれを騙取し

(三)  同年五月上旬頃同市本町四丁目百九十三番地鋳物業立石栄次方で同人に対しその意思がないのに「ピツチコークタスを三噸世話してやる」と申向けて同人を欺罔して、同日午後同人方に妻千代を遣わして現金一万円を内金名下に受取り更に同様意思で三日ばかり後同人方で同人から約束の話がついたと申欺いてその代金の名目で額面四万円の埼玉銀行小切手一通を交付させてそれぞれ騙取し

(四)  同年二月八日頃東京都丸の内丸ビル五階富国産業株式会社でその意思がないのに拘らず〇、三ミリ鉄板三噸を売却する旨を福島武之助に申向けてその旨誤信させ、同年二月十日頃と同年二月十二日の二回に亙つて同じ意図の下に川口市栄町二丁目二十九番地前記福島方で同人から現金五万円を前記内金の名目で交付させて騙取し

たとの点(昭和二十四年五月二日附追起訴状記載の公訴事実第一の(一)乃至(三)及び同年同月三十日附追起訴状記載の公訴事実第一)に付ては右公訴はこれを棄却する。

理由

弁護人松永義雄の控訴趣意第四点について。

原判決がその詐欺の部二の(一)乃至(四)に於て認定判示した詐欺の事実は、被告人が昭和二十一年中に犯した詐欺の事実と連続一罪を為すものであるところ、右後者に付ては曩に東京地方裁判所に公訴の提起があり同裁判所に於て第一審の判決言渡があり、これに対して被告人より控訴の申立を為し、同事件は現に東京高等裁判所第四刑事部に係属中であるから、本件に於ては原審浦和地方裁判所は、前記詐欺の部二の事実に付ては、公訴棄却の裁判を為すべかりしものであるに拘らず、進んで実体の判決を為したのは違法であると云うにある。

仍て按ずるに、原判決の詐欺の部二の(一)乃至(四)に於て認定判示した詐欺の事実は被告人に対する昭和二十四年五月二日附追起訴状記載の第一の(一)乃至(三)及び同年五月三十日附追起訴状記載の第一の各事実に対応するもので、此の公訴事実は被告人に於て犯意継続の上、昭和二十二年二月初旬頃より同年五月上旬頃迄の間前後四回に亘つて為した詐欺の事実であることは記録上明らかである。然るに被告人は昭和二十一年二月中旬頃より同年六月二十二日頃迄の間犯意を継続して前後九回に亙つて為したとせられる詐欺の事実に付、昭和二十二年九月十一日東京地方裁判所に公訴を提起せられ、他の恐喝の事実と共に被告人に対する詐欺、恐喝竝びに恐喝未遂被告事件として係属審理せられ、昭和二十三年二月十九日、これに付第一審に於て有罪の判決があり、被告人に於て控訴を申立て現に同事件は控訴審たる東京高等裁判所に係属中であることは当裁判所に職務上顕著である。此の前者の本件詐欺の事実と後者の別件の詐欺の事実との間には、その間約七ケ月余の間隔があるけれども、此の程度の期間は此の種事犯に於てこれを短期間と解するに妨げなく、而もその前後の各所為はいずれも犯意継続に係るものであるから、特に犯意の中断を認むべき事情の存しない限り、短期間内に同種の行為を反覆したと云う事実自体に依つて右別件の事実と本件の事実とは犯意継続に係るものと認むべきところ、右別件の記録に徴するも別件の詐欺の最後の行為終了後、本件の右詐欺の最初の行為の時迄に経験上犯意の中断を窺うべき何等の資料も存しない。(即ち別件に於ける強制処分、公訴の提起等はすべて本件の右詐欺の行為後に為されたものである。)従つて右別件の詐欺の事実と本件の右詐欺の事実とはその間すべて犯意継続に係るものであるから、昭和二十二年法律第百二十四号刑法の一部を改正する法律附則第四項改正前の刑法第五十五条により、連続犯として一罪を為すものと云うべきである。茲に於て本件は此の点に関する限り同一の事件について、二重に公訴の提起があつたこととなるのである。一般に同一の事件に付二重の起訴があるときはこれに付二個の裁判があることとなり、不合理な結果を来すので訴訟法はその根本の制度としてかゝる二重の起訴に依つて起る不合理な結果を防止せんことを図つている。即ち(一)公訴の提起のあつた事件が更に同一裁判所に起訴された時は判決を以て後の公訴を棄却すべく、(刑事訴訟法第三百三十八条第三号)(二)ある裁判所に係属中更にこれと事物管轄を同じくする他の裁判所に起訴された時は、原則として先に公訴を受けた裁判所が審判し、後の裁判所は決定を以て公訴を棄却すべく(同法第十一条第一項、第三百三十九条第四号)(三)既に確定判決のあつた事件に付、重ねて公訴の提起があつた時は免訴の判決が為さるべく(同法第三百三十七条第一号)(四)ある裁判所に係属中これと事物管轄を異にする他の裁判所に起訴された時は原則として上級の裁判所がこれを審判し、下級の裁判所は決定を以てその公訴を棄却すべきもの(同法第十条第一項、第三百三十九条第四号)とするが如きは、皆二重起訴によつて起る矛盾を防止せんとするものに外ならない。然らば既に或る第一審裁判所に公訴の提起があり、実体判決を経た後現に上訴審としての上級裁判所に係属中同一事件その第一審裁判所と事物管轄を同じくする他の第一審裁判所に起訴された時は敍上何れの場合に該当するであろうか。これは本件の場合である。此の場合前記(四)に該るものとして当然に刑事訴訟法第十条第一項従つて同法第三百三十九条第四号の適用があるものとなすことはできない。右第十条にいわゆる事物管轄を異にする数個の裁判所とは審級管轄としての上級下級の裁判所を云うものでなく、固有の事物管轄が競合する場合例えば、地方裁判所と簡易裁判所の如き場合を指すものと解すべきであるからである。然らば前記(二)に該るものとして同法第十一条に依ることは如何、此の場合は同一事件が事物管轄を同じくする数個の裁判所に現に係属していることを要するものと解すべきであるから、これ亦本件に当然には適用し得るところでない。その他前記(一)又は(三)の場合に該らないことは自明である。思うに本件の如き此の種の場合は、刑事訴訟法に於て直接規定するところがないものといわねばならぬ。二重起訴防止の為各種の規定を置きながら、本件の如き場合に処する規定を設けなかつたことは、正に法の不備である。(此の点に関する限り現行刑事訴訟法は旧法と全く異らない。)併しながら法に直接の規定がないからと云つて此の二重の起訴を容認し、夫々の裁判所が夫々別個に実体判決を為し、夫々の判決の中いずれか早く確定した時に始めて他の公訴に係る分に付免訴の方途を講ずると為すが如きは、二重起訴を否定する訴訟法の精神に反し、且つ本末を顛倒した解決方法と云うべきである。又此の場合同法第三百三十八条第四号に則り、後の起訴が公訴提起手続の規定に違反したため無効であるとして処置することも相当でない。二重起訴がそれ自体手続規定に違反する故を以て無効とすべきものならば、前記各種の事例は悉く本条本号によつて解決さるべきものとなるのであるが、事実は夫々別個の法条に依つて解決せられること前述の通りであつて、結局二重起訴なるが故に、当然その手続無効と為すことはできない。然らば結局本件の如き場合は訴訟法の精神に則り、最も類似した場合である、「前記(四)及び(二)に準じ刑事訴訟法第十條第一項」及び第十一条第一項を準用し、最初に公訴を受けた裁判所の上訴審であり、且つ上級の裁判所たる東京高等裁判所が之を審判し、後の公訴を受け、且つ下級の裁判所たる浦和地方裁判所に於ては之を審判すべからざるものとし、原審は同法第三百三十九条第四項に則り、公訴棄却の決定を為すべきものと解するのを相当とする。然るに原審は此の点に関する法の解釈に於て当裁判所の右見解と異り、公訴棄却の決定を為すことなく、進んで実体の審判を為し有罪の判決を言渡したことは、訴訟手続に法令の違反があるものと云うべく、右違反は判決に影響を及ぼすことは洵に明らかであるから結局此の点の論旨は理由があり原判決は破棄を免れない。

仍て弁護人の控訴趣意書のその余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十九条に則り原判決を破棄すべく、同法第四百条但し書、第四百三条に則り直ちに判決すべきものとする。

原判決の確定した前記詐欺の部二の(一)乃至(四)の事実を除くその余の事実を法律に照すと、原判決の判示、恐喝及び同未遂の部一、二、三の(三)、四乃至九の各所為はいずれも刑法第二百四十九条第一項に、同部三の(一)の所為は同法第二百五十条、第二百四十九第一項に、同部三の(二)の所爲は同法第二百四十九条第二項に、詐欺の部一の(一)乃至(十五)、三乃至二十八の各所為はいずれも同法第二百四十六条第一項に、業務上横領の各所爲はいずれも同法第二百五十三条に、横領の各所為は同法第二百五十二条第一項に、贈賄幇助の所爲は同法第百九十八条、第六十二条第一項に、名譽毀損の所為は同法第二百三十条第一項に各該当するから、右贈賄幇助及び名譽毀損の各罪に付、夫々所定刑中懲役刑を選択し、尚被告人には原判示の如き前科があるから同法第五十六条第一項、第五十七条に則り、右各罪の刑に累犯の加重を爲し、尚贈賄幇助に付ては同法第六十三条、第六十八条第三号に則り従犯の減軽を為し以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条本文、第十条に則り同法第十四条の制限内で最も重いと認める右加重せられた原判示恐喝の部六の罪の刑に法定の加重を爲し、その刑期範囲内で被告人を懲役五年に処すべきものとし、同法第二十一条に則り原審に於ける未決勾留日数中二百日を右本件に算入すべきものとする。

被告人に対する本件公訴事実中、主文第四項掲記の各事実(昭和二十四年五月二日附追起訴状記載の公訴事実第一の(一)乃至(三)及び同年同月三十日附追起訴状記載の公訴事実第一)に対する公訴は前段説示の理由により浦和地方裁判所に於ては不法に公訴棄却の決定をしなかつたものであるから、当裁判所は右部分に対する公訴はこれを棄却すべきものとする。

仍て主文の通り判決する。

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